いくつになっても柔軟性を持った人は魅力的です。
一般的には、やはり若い世代の方の方が柔軟性があるようです。
それほどの経験を積んでいないので
「こうあるべき」というのがないからです。
でも、年配の方でも、
とても柔軟な生き方をされている方を見ると
なんて素敵な方なのだろう
と、いつも感動します。
これが正しい、これが間違っているなんていう価値観なんて
ちょっと見方を変えれば、全く違った見方ができますものね。
あの人は、こんなことを言った、こうした
これはこうあるべきなのに、
そんなことにこだわっている人は、
ずっとそこにとどまったままです。
ほんのちょっとだけ、
全く反対の立場や視点にたって
その出来事を見つめてみると
いろんなものが見えてくると思います。
自分のエゴも見えるでしょうし、
相手のエゴも見えてくることもあります。
でも、相手のエゴに気づいても、
それを受け入れてあげるのです。
自分にエゴがあるように、
相手にもエゴがあるのですから。
自分が完璧でないのですから、
相手にも完璧を求めないこと。
誰もあなたを傷つけたいわけではありません。
怒る人のほとんどは、
自分が傷つけられることへの
恐れです。
自分の築いてきた価値観が否定されたと
感じることへの怒りです。
なので、様々な経験を積んだ人生の達人ほど、
自分の築いてきた価値観に
縛られてしまうということが起こります。
でも、あなたのやってきた経験は
あなただけのものでしかないこともわかってください。
それを他の人に押し付けることはできません。
みんな様々な環境や経験の中で、
いろんな価値観を持っています。
でもそんな違いはたいしたことではないのです。
それが愛に基づいたものであるかどうか
大切なのはそれだけなのですから。
自分のこだわりが、
多くの人への愛に基づいたものだと
本当に確信しているのなら、
そのままでいいでしょう。
でも、こだわりの多くは、つまらないプライドです。
そんなものは、どんどん捨てて
世間で言われているような価値観にとらわれず、
自分の考え方や行動をその時、その時で、
よりよい方向へと変えていく、
そんな自由な生き方をしていく方が
どんなに大きな魂の成長があるでしょうか?
私がここで書いていることも、
実はすべては間違いだったということもあり得ます。
でも、それでもいいのです。
私はいつでも、気づいた時に、
そのやり方や考え方を修正していくことができるのですから。
私たちにできることは、その日、その日を精一杯生きていくだけ。
他人の失敗や失言にこだわっている暇なんてないのです。
もちろん、自分の失敗に対しても
次から変えていけばいいだけ。
たまに、前はこんなことを書いていたのに
とか、昔はこう言っていた、
と思う事もありますが、
それは、あくまでもその時、
その時に感じていること。
間違えていたら反省し、謝って赦しを得ればいいのです。
私はこのブログを書いている時に
責任を感じなら書いています。
けれど、責任を感じすぎてしまうと
固まってしまうのです。
一つ一つやっていくしかないです。
もちろん、自分の核となる部分は変わらないのですが
価値観や考え方なんて、
変化していくことも多いのです。
私が肉体を去った後に、
今の私と同じ価値観を持ち続けているとは
到底、思えないですもの。
いつでもあなたは、自分の行動や考え方を変えることができます。
今すぐにでも♪
できるだけオープンになって
柔軟に生きるということ。
これからの新しい時代の私たちに
求められていることだと思います。
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